アルベル監督インタビュー<br />
リアリスタの改革

INTERVIEW2022.7.24

アルベル監督インタビュー
リアリスタの改革

アルベル監督が就任し、新たなプレースタイルの構築をめざす2022シーズンも、いよいよ残り3分の1となった。チームはここまでどのような成長を遂げてきたのか。シーズン開始前にもアルベル監督へのインタビューを担当したスポーツライターの飯尾篤史氏を聞き手に迎え、指揮官にチームの現在地を聞いた。


Q、7月6日の北海道コンサドーレ札幌戦は、声出し応援運営検証対象試合でした。アルベル監督が日本で声援やチャントを聞くのは、アルビレックス新潟を率いていた2020年シーズンの開幕戦以来でしたね。ファン・サポーターの歌声をどう感じましたか?
A、本来あるべきスタジアムの雰囲気が戻ってきたと思います。この2年間は、無観客で試合をしたこともありました。ファン・サポーターがスタンドを埋めてくれるようになっても、声を出せない状況でした。みなさんももどかしかったと思いますが、私たちも辛かった。あの日、味の素スタジアムで声援を送ってくださった方々に伝えたいのは、「You'll Never Walk Alone」も、「アルベル・トーキョー」のコールもちゃんと届きましたよ、ということ。みなさんの声援が後押しとなり、素晴らしい試合ができました。と同時に、札幌のファン・サポーターが最後まで声援を送り続けていたのも聞こえました。素晴らしい雰囲気を作ってくれた両チームのファン・サポーターに感謝したいと思います。

Q、ところでアルベル監督はご自身のことを、ロマンティストかリアリストか、監督のタイプとしてはどちらだと思っていますか?
A、突然、どうしたんですか(笑)。私は自分をリアリスタだと思っていますよ。

Q、どういった理由から、そう思うんですか?
A、ロマンティスタは、夢を見るだけで終わってしまうものです。しかし私は、自分の理想とするサッカーをチームに落とし込むために、常に現実を見ています。近年、インターネットが普及し、テクノロジーの発達によってサッカーの分析が極端に進みましたが、一方で、サッカーが本来持つ要素が失われつつある気がします。例えば、インターネット上にはサッカーの戦術分析があふれています。試合に勝つと戦術の勝利、試合に負けると戦術が悪いという意見がまかり通っているところがありますが、サッカーとはそんなに単純なものではありません。チームは血の通った人間の集団です。それぞれが長所と短所を持ち、ときにピッチ外で問題を抱えていることもあります。そんな生身の人間を、監督はうまくまとめなければならない。だから、私は理想を持ちながらも、常に現実と向き合っています。

Q、というのも、シーズンが始まって10試合程度は、ダイレクトプレーが多く、昨シーズンまでのスタイルが色濃く出ていました。こうして勝点を稼ぎながらめざすプレースタイルを徐々に浸透させ、「ボールを愛するサッカー」が体現できるようにさせていく。このあたりに巧みさを感じました。
A、私がこのクラブに来てまず感じたのは、20代後半の中堅選手が少なく、若手とベテランが多いチーム編成でした。さらに、シーズン序盤は新型コロナウイルスにも苦しめられた。そのような状況で、私が自分の理想に固執していたら、一体、何が起こったでしょうか。今頃、残留争いをしていたかもしれません。今シーズン、私がすべきことは、チームを新しいプレースタイルに少しずつ慣れさせてベースを築くと同時に、若手にチャンスを与え、チームを少しずつ若返らせることです。少しずつ変わりつつあることは、ここ数年と今シーズンのポゼッション率を比較すれば、理解できると思いますよ。

Q、ベースを築くと同時に若手にチャンスを与え、可能な限り勝点も稼ぐ。そうした困難なチャレンジの中で、アルベル監督のめざすサッカーを体現できたのが5月25日の清水エスパルス戦や5月29日の鹿島アントラーズ戦だったと思います。特に鹿島戦は「これがスタンダードだ」と指針を示すゲームだったのではないかと。
A、その2試合はいいプレーができていたと思います。それから、(6月22日の)天皇杯のV・ファーレン長崎戦や(6月26日の)サガン鳥栖戦の前半も悪くありませんでした。チームは次のフェーズに進んだと言えるでしょう。けれども、ボールを保持できるようになったことで技術的なミスが目立つようになり、カウンターを浴びる機会が増えています。これは成長したからこその新たな課題です。もっと落ち着いてボールをコントロールし、適切にサポートし、適切なタイミングで相手ゴールをめざせるようになるには、やはり時間が必要です。


Q、スタイルを構築しているときは、「2歩進んで1歩下がらざるを得ない」とおっしゃっていましたね。
A、しかも、負傷者が続出しています。ケガ人がこれだけ出てしまうと、監督がやれることには限界があります。エンリケ(トレヴィザン)が離脱したため、センターバックでは森重(真人)と木本(恭生)がプレーし続けなければならない状況に陥っています。(中村)帆高、青木(拓矢)、(安部)柊斗も負傷し、アダ(アダイウトン)やディエゴ(オリヴェイラ)も痛みを抱えながらプレーしています。そうしたチーム状態なので、18歳と19歳の選手をチームの中央に据えなければなりませんでした。

Q、松木玖生選手と梶浦勇輝選手ですね。
A、(7月10日の)浦和戦で梶浦のパスミスがなく、0-0でハーフタイムを迎えていたら、その後の試合展開はまったく違うものになっていたでしょう。厳しいことを言うようですが、あの失点が試合の流れに大きな影響を及ぼしました。チームにとっては痛い失点でしたが、梶浦自身はとても貴重な経験を積んだと思います。あのような経験は、試合に出なければ積めないものです。ただ、繰り返しますが、我々は新しいプレースタイルに取り組むようになって半年、ベースを築いている段階です。私が率いていたアルビレックス新潟でも1年目は苦しみましたが、2年目は明確なプレースタイルが築き上げられ、結果を残せるようになりました。2019シーズンに優勝した横浜F・マリノスも、新しい監督がやってきて2年目でした。マンチェスター・シティの(ジョゼップ)グアルディオラも就任1年目は無冠でしたが、2年目に大きな投資をして2冠を達成しています。リバプールの(ユルゲン)クロップだってそうでしょう。


Q、クロップがリバプールで初タイトルを獲得したのは、4シーズン目でした。
A、私にそれだけの時間が与えられるかどうかは分かりませんが(笑)、段階を踏みながら、タイトルの狙えるチームを作っていきたいと思っています。監督は、魔法使いではありません。もちろん負けたときには批判を受け入れますが、クラブは改革を始めたばかりです。そこは理解してほしいと思います。

Q、前半戦で素晴らしかったのが渡邊凌磨選手のパフォーマンスです。右サイドバック、右インサイドハーフ、右ウイングでプレーし、求められる役割をしっかりこなしています。彼のプレーや能力について、アルベル監督はどう感じているのでしょうか?
A、凌磨は私が求める選手像のひとつです。本職はMFですが、ときにウイングのようなプレーをし、ときにサイドバックのようなプレーもできる。ボール保持に関しては、まだまだ改善の余地がありますが、非常に良くやってくれています。試合ではさまざまな流れに対応しなければなりません。レア(レアンドロ)もそうですが、ポリバレントな選手は采配や戦術の幅を広げてくれるので、貴重な存在です。

Q、さらに、興味深く見ているのが長友佑都選手と東慶悟選手です。長友選手は代表活動のために合流が遅れ、シーズン序盤は出場機会を得られませんでしたが、右サイドバックのポジションを掴み取りました。東選手はベンチを温める時間が続きましたが、本職ではないアンカーで巡ってきたチャンスを掴みました。世代交代も進むなかで、腐らずに準備して盛り返してくるベテランの強みを見た思いです。
A、長友はヨーロッパの偉大なクラブでプレーし続けた数少ない日本人選手です。なぜ彼がそのレベルで戦い続けられたのかと言うと、勝負にこだわる魂を持っているからです。彼は学ぶ意欲にあふれ、練習では常に100パーセントを発揮している。昨年には日本代表でのプレーに関して批判を浴びましたが、強いメンタリティと努力で跳ね除けました。彼のようなメンタリティを持つ選手こそが偉大な選手だと私は認識しています。日本の若い選手たちは、長友から多くを学ぶべきでしょう。慶悟も強いメンタルの持ち主で、素晴らしい技術も備えています。おっしゃるとおり難しい状況を乗り越えて、今、アンカーとしてプレーしています。まるで、このポジションでずっとプレーしてきたかのようです。彼に適したポジションだと思います。


Q、一方、インサイドハーフでは主に安部選手、松木選手が起用されています。彼らは、どちらかと言うと、クリエイティビティよりインテンシティを武器にする選手たちだと思います。アルベル監督の求めるインサイドハーフ像には、インテンシティのほうが重要なのですか?
A、柊斗に「イニエスタのようにプレーしろ」と指示したとしても、イニエスタになれるわけではないですよね。リアリスタとして私はまず、目の前にいる選手の長所を生かしたいと思っています。もちろん、少しずつ改善していくことも求めています。例えば、玖生がこの数か月で大きな成長を遂げていることは、誰の目にも明らかだと思います。インテンシティが高いだけではなく、ボールを持ったときのクオリティも、シーズン当初とは大きな差があると思いますよ。

Q、この夏には大切な選手たちとの別れがありました。まずは小川諒也選手について。彼にはどんな言葉をかけて送り出したのでしょうか?
A、「ヨーロッパで高いレベルで活躍するために、まずはここ数か月で学んだことを生かしてほしい」と。そして「メンタル的に強くあれ」と伝えました。勝負にこだわる気持ちが重要だと。「多くの日本人選手がヨーロッパでプレーする際に抱える課題を乗り越えなければいけない」ということも話しました。それは適応能力です。先ほどの話に戻りますが、長友はイタリア語を話します。イタリアに行けば、すぐにイタリア語を習得できるわけではありません。長友はより早く言葉を身につけるために、「通訳はいらない」と言ったそうです。一方で、ヨーロッパで数年生活したのに、言葉を身につけずに戻ってくる日本人選手もいると聞きます。ですから、諒也には「しっかり適応できるか、クリスマスに戻ってくるのか、どちらかだよ」と話しました。

Q、永井謙佑選手と高萩洋次郎選手についてはいかがですか? ショックを受けているファン・サポーターも少なくないと思います。
A、謙佑に関しては、より長く現役選手としてプレーするために、別のプレースタイル、別の場所を望んだ、ということです。このチームで重要な役割を担ってくれていたので、彼が抜けることは残念ですが、私は謙佑の気持ちを尊重したいと思いました。同じリーグでの移籍ですから、対戦することを楽しみにしています。洋次郎もより長くプレーを続けたいという希望があり、今回の移籍は彼にとってプラスになると思います。技術のレベルは素晴らしいものがありますが、やはり年齢を重ねているので、常に走り続ける、スプリントを重ねることが難しくなっていました。栃木SCでプレー時間に恵まれることを願っていますし、同時に、彼は指導者としての能力を持っていると私は思うので、「プレーしながら、将来指導者になるための準備を進めた方がいいよ」とアドバイスしました。

Q、改革の過程では、ときに別れも必要ということでしょうか?
A、もちろん、サッカーにおいて避けては通れない道です。新潟でも1年目の終了後、多くの外国籍選手が離れました。めざすスタイルがある以上、その実現に向けて選手の入れ替えは必要になってくると思います。マンチェスター・シティだって、リバプールだって、毎年のように選手を入れ替えながらスタイルのブラッシュアップと戦力の充実を図っています。それをやらずに、スタイルやコンセプトをコロコロ変えると、負のサイクルに陥ってしまいます。例えば新潟でも今、松橋力蔵監督が私の築いたスタイルを継いで、選手を少し入れ替えながら、いい方向に導いてくれています。東京でも私が離れた際には、後任の方がスタイル、アイデアを引き継ぎ、同じ方向に導いてくれることを願っています。それが成功の秘訣だと思います。


Q、クラブの改革にも尽力されていると思います。「クラブのメンタリティを変えなければならない」とおっしゃっていますが、現在はどのようなメンタリティで、どんなところを変えたいと思われていますか?
A、クラブも生身の人間で構築された組織であることを忘れてはいけません。そして、チームが勝者のメンタリティを身につけるためには、クラブに携わるすべての人間もそれを持ち合わせなければいけないと考えています。ぬるま湯に浸かってはいけません。どの部門、どの部署であっても、自分により多くのものを求め続けなければなりません。勝者のメンタリティとは、常に勝利に飢えている、勝利するために全力を尽くす、ということです。それはクラブの経営陣もしかり、強化部もしかり、マーケティング部もしかり、広報もしかりです。広報の場合、このクラブがより多くのマスコミに取り扱ってもらえるように常に働きかけ、クラブの情報を発信する努力を続けなければいけません。どの部門も常に上をめざす。それがクラブにおける勝者のメンタリティだと思います。プレースタイルを変えようとも、勝者のメンタリティがクラブになければ、大きな成功は収められません。ヨーロッパの偉大なクラブに行くと、そのクラブに足を踏み入れた瞬間から、勝者のメンタリティをひしひしと感じることができます。東京がそれを獲得できたらとても嬉しいです。

Q、今シーズンも残すところ3分の1になりました。どういうシーズンにして終わりたいですか。
A、今までと同じものを継続的に求めていきたいと思います。勝負にこだわりつつ、日々努力を重ね、成長し続けることです。そして、しっかりとしたベースを構築し、次のシーズンにつなげていきたいと思っています。

Text by 飯尾篤史(スポーツライター)