1月10日(金)の新体制発表、翌11日(土)の小平グランドでのチーム始動を経て、東京は12日から沖縄キャンプをスタート。新しく指揮官に就任した松橋力蔵監督のもと、2月1日(土)までの21日間で新シーズン開幕に向けて急ピッチでチームを仕上げている。果たして真摯にフットボールに向き合う監督は東京に何を落とし込み、選手たちにどんなことを求めているのか。ちょうど22日で沖縄キャンプの折り返し地点を過ぎたことを受け、今回は中間報告として新監督の取り組みとチームの現状をお届けする。
求めるのは“主体性”
2025明治安田J1リーグの年間スケジュールが発表され、シーズン開幕が待ち遠しくなってきた。東京は2月15日(土)に横浜FCとアウェイで開幕戦を戦い、同22日(土)にはFC町田ゼルビアをホーム味の素スタジアムで迎え撃つ。
長丁場の全38節を戦い抜くために、今シーズンから新たに就任した松橋力蔵監督は選手、スタッフ全員とともに沖縄・国頭キャンプで丁寧な毎日を積み重ねている。指揮官はその日々をこう振り返った。
「一日一日が勝負ですし、選手も人間なのでグッと上がったり、下がったりがあります。でも、その振れ幅は小さく、安定していると思います。僕らもそこはコントロールしながら取り組んでいるので、そういう意味で彼らの姿勢にあらためて感謝したい」
ここまでの11日間で、選手たちは新鮮な空気を目一杯吸っている。そんな印象だ。疲労の色も少しずつ濃くなってきたが、それ以上に笑顔が目立ち、充実感は口にするコメントからも伝わってくる。昨シーズン限りをもってガイナーレ鳥取で現役を引退し、東京を取材に訪れていたクラブOBの長谷川アーリアジャスール氏も「練習が楽しそうで、オレも混ざりたい」とウズウズしている様子だった。
その練習メニューの一つひとつには、戦術的な要素を組み込んだルールや設定が加わっている。トレーニングセッションを重ねるたびに、新チームが大切にしていくことや、約束ごとを自然と落とし込もうとしてきた。指揮官は「彼らの充実度のほうが今は大事で、そこにトレーニングで少しずつエッセンスを入れている。それがみんなに浸透して染みついていけば、自然とそちら(めざす方向)に流れていくと僕は思う」と狙いを話す。
練習中にミスが起きてもコーチングスタッフから「続けよう」と声が掛かることがたびたびある。これには試合中のセルフジャッジで足が止まることを防ぐ効果と、プレー強度の担保につなげる意図が込められている。キャンプ初日から一つひとつの “止める蹴る”の基本技術にこだわり、選手一人ひとりに主体性を求めてきた。それを象徴する監督の言葉が「自分の今を超えていけ」だった。
「僕が言っていることをやるだけでは絶対にダメで、それは良いプレーヤーだとは思わないし、それでは彼らもつまらないと思う。監督やコーチに言われたことに疑問を持たずに何度も反復する。それももちろん大事なことかもしれないけれど、それでは最後は超えていかない」
成長の足を止めないようにするためには、ストレスや不安を感じずに過ごせる居心地の良い心理的領域、すなわち“コンフォートゾーン”から脱け出さなければならない。松橋監督は東京というチームに対して“自主性”ではなく、“主体性”を要求している。似て非なる二つの言葉だが、“主体性”は自身で判断して行動することを意味する。責任の所在も、チームでの役割を決めるのも自分自身だ。一方で、“自主性”は誰かの指示や決められた枠組みのなかで意識的に行動する。それでは「自分の今は超えられない」のだ。
心の持ち方を説き、選手からプレーのアイディアを募っていく。そうした取り組みを続けていくなかで、「声で盛り上げるだけではなく、質で盛り上げよう」と呼び掛けた。
「“ワイワイガヤガヤ”やることはみんなできるし、『頑張ろうぜ』という声は、当たり前だと思うんです。ただ、盛り上げるとか、盛り上がるには色々な形があります。本当にスーパープレーが連続すると、息を呑む瞬間が生まれるし、それと同時に緊張感も走る。そのなかで幼稚なミスが出たら目立ってしまいますよね。自分のプレーと全体をリンクさせる意味でのクオリティをどれだけ高められて、集中力を維持できるかが、チームとしても大事なポイントになる。だから、『OK、行こうぜ、頑張ろうぜ』も、もちろんありです。大事だと思います。それと同時にプレーのクオリティで盛り上げていく。みんなにため息を吐かせたり、『すごいな』と言わせたりする。そういう盛り上がりはプレーの質を上げる意味でも重要だと思っています」
新たなフットボールを作り上げるために
キャンプ取材を続けていくなかで、監督からは「特別なことをやっているわけではない」という言葉を何度も聞いた。さらなる戦術の落とし込みに入っていく段階で、「常に仕掛けよう。攻守で攻撃的でいよう」という言葉があった。常にボールを求め、全員がつながりながらプレーをする。それは「僕がやりたいサッカーというよりも、彼らの良さを引き出す上での手法として一つ必要なものだと思っています」と言い、こう続けた。
「みんな(プレーを見る)目を持っていないわけじゃない。サッカー選手でボールがいらないという人はいないと思っているので。ボールは常に触っていたいし、ボールは常に自分たちとともにありたい。そのうえで攻守があるので、そこを求めていくことは特別なことをやっているわけではなく、普通のことだと僕は思っています。攻撃の部分で良いコネクトをたくさん作ることができれば、良い関係性から良いゴールが生まれるだろうし、ボールを失ったとしても、コンパクトな状態であれば素早い守備ができる。そこは表裏一体ではあるけど、そういうことは大事にしていきたい」
喜々として転がるボールを追いかける選手たちとともに過ごしてきて、松橋監督は「みんな可能性の塊ですよ」という。
「その幅を自分で広げるのか、狭めてしまうのかは、マインドだと思っています。マインドはどう変えるのかというよりも、どう整えていくかが大事。そういう意味で、ところどころで色々なメッセージを伝えています。それをどう考えて、どう自分のなかに取り込んでいくのかは彼らの作業ですね」
監督から発せられたメッセージをそれぞれが噛み締め、自らと向き合っている。マルセロ ヒアン選手や橋本拳人選手といった新戦力に加え、期限付き移籍から戻ってきた復帰組も武者修行で養った力を発揮している。主力と控えの線引きはなく、ここまで横一線の競争が続く。だから、モチベーションにムラがない。全員が戦力で、ともに作り上げていく空気はできあがりつつある。アルビレックス新潟でやってきたサッカーではなく、ここにいる選手とスタッフ全員で東京らしい新たなフットボールを作ろうとしている。その青写真は描かれ始めた。
沖縄キャンプの日程は半分が過ぎ、チームはここから開幕に向けて仕上げの段階に入っていく。松橋監督が次に求めるのは“驚き”だという。
「ここからゲームがあるので。そのゲームに向けてどう準備していくかも一つですし、そのゲームから課題や良い部分をどんどん出していきたい。あとはサプライズ的な部分も出てくるんじゃないですか? そういう“驚き”みたいなものも、ゲームをやったなかで選手個々の力の部分でサプライズとして出てくるんじゃないかと期待しています」
実戦で起きたエラーの改善を行いながら、指揮官自身がチーム始動直後に語っていた「新しいことを考えている」という全貌はまだ見えていない。
浮き沈みは必ずある世界だ。だからこそ、「絶対に右肩上がりではいかないので、そういう成長曲線がしっかりとあると分かったうえで、少しでも良い一歩を踏み出してもらえばいい。そういう助けになっていきたい」と、変わらず丁寧な日々を積み重ねていく。
そして、忘れてはいけないのが、松橋監督自身も自分の今を超えようとしている一人ということだ。「まだまだです。僕ももっともっと学ばなきゃいけない。彼らのためにならないといけないので」。
幕を開けた東京での新たな挑戦の隣では、いつもこの言葉が響いているはずだ。
「自分の今を超えていけ」
Text by 馬場康平(フリーライター)