明治安田J1リーグ第5節湘南ベルマーレ戦でプロとしての第一歩を踏み出した常盤亨太。キャンプから好調を維持し、開幕スタメンを目標にしながら、ようやくJ1リーグのピッチを踏みしめる機会を得た。試合後の取材では淡々と自分の立ち位置を語り、自らのJ1リーグデビューよりもチームと勝利への貢献を強調する姿が印象的だったが、その背景には自らの心を軽くしてくれた松橋力蔵監督からの言葉があったという。悩める大卒ルーキーに前を向かせた指揮官の金言、そして常盤が向き合った自らのメンタルとは。
常盤亨太は焦っていた──。アカデミーからトップ昇格を果たせず、明治大学を経て今シーズンから再び青赤に袖を通した。開幕前のキャンプからコツコツと地道に評価を上げて、横浜FCとの開幕戦でベンチ入りを果たしながらも出番はなし。はやる思いを募らせていた。
「開幕戦でメンバー入りしたけど、試合に出られなくて。次の日も力が入り過ぎて空回りしてしまった」

試合翌日、キャプテンマークを巻いて臨んだ関東大学選抜との練習試合で猛アピールを誓ってスタメン出場する。だが、焦りからか身体が強ばり、それまでできていたはずのプレーを見失ってしまう。チームも前半だけで4失点を喫し、4-5で敗れた。
「何やってんだ、オレは」
その試合後、小平のピッチでうなだれて座り込んでいると、松橋監督から声を掛けられた。
「自分を高く見過ぎず、低く見過ぎず。適正に評価しなければいけない」
そう言って指揮官は、諭すようにこう続けた。
「自らを高く見過ぎて焦っても今の自分はここにいるのに、そのギャップの大きさに苦しんでしまう。逆にできることがあるのに過小評価して低く見過ぎても意味がない。客観視というか、自分を正しく評価してできること、できないことを見極めようよ」
その言葉が常盤の焦りを取り除き、身体を軽くしたという。続く、明治安田J1リーグ第2節FC町田ゼルビア戦から第4節鹿島アントラーズ戦までベンチメンバーからも外れてしまう。悔しさがなかったわけではない。それでも、常盤にとっては必要な時間だったのかもしれない。その間、自らと向き合ってきたのだ。
「あの言葉が大きかった。キャンプはゼロからだったし、1年目の自分にできることをコツコツとやってきた。それがベンチに入って、あと一歩で出場できるかもしれないと気持ちがはやったのだと思う。そこから初心に戻って、監督が“ニュートラル”と呼んでいる状態、姿勢で取り組めるようになったと思う」

アカデミーで10代の指導を歴任してきた経験を持つ松橋監督は「若い選手にはよくそういう話をしてきました」と言い、常盤とのやりとりを振り返る。
「上手くいかない自分の目線で物事を見る必要はないと思います。キャンプでは非常に好調を維持していたし、しっかりと評価されてある程度できるものがありながらも、上手くいかないと下を向いてしまう。若い選手が悩む必要はないとは言いませんが、それが当たり前だと捉えられれば次にトライできるだろう、と。そういう意味で伝えました。そんな自分を時には上から、時には下から見るのではなく、自分の目線で見ることが大事なのだと思います」
そして、常盤は3月8日の第5節湘南ベルマーレ戦で再びベンチ入りすると、後半28分から途中出場でJ1リーグデビューを飾った。そこには迷いなく、自分ができることをやり続ける彼の姿があった。
試合後の記者会見で報道陣から常盤の評価を聞かれた松橋監督は、「キャンプから姿勢、コンディションを保ちながら期待のもてるプレーをしていた。シーズンが始まってから少しずつ波が出てきたので、ここまで出場機会に恵まれなかったですが、メンバー入りに向けて非常に良いパフォーマンスを見せてくれた。それをゲームのなかで発揮してくれたと思う。試合を経験することで、また一つ前進できるようにこの試合を活かしてほしい」と、コメントを残した。
それを見聞きした常盤は、自らを律して再びネジを巻き直した。
「普段できているプレーもできていなかったのを監督が見て、『波がある』と表現したのだと思いました。その波はメンタルに左右されていたんだと気付くことができた。焦りや、自分を下に見過ぎることが波を生んでいたんだと、ピンときてスッキリしました。ただ、それだけ見てもらえていると、甘えちゃいけない。あの言葉で気持ちが楽になったけれど、気持ちだけが焦るのは良くないと思えている。野心や絶対にスタメンを奪いたい気持ちはある。でも、それで焦って、今の位置を理解せず、高く見過ぎて『何でなんだ』と思わないようにしたいです」

同じ轍は踏まないように──。湘南戦翌日の仙台大学との練習試合では、「自分を高く見過ぎず低く見過ぎず」と言い聞かせた。そうした常盤の小さくない変化を見守る松橋監督は目を細めて言う。
「人間、欲は出てくるので、そう意識するのは普通だと思う。若い選手は上手くいかないと、勝手にスランプだと思うじゃないですか。でも、スランプと言えるほどの経験もなければ、自分の最大値も分からない。彼らはここからもっともっと上がっていくわけで、可能性しかありません。その可能性の一番高いところから自分を見たら、何もできない自分に思える。でも、下から見上げたらあとは伸びていくだけ。そういう目線で良いんじゃないかな、と。自分も若い時によく言われました。やっぱりへこむんですけど、『できなくて当然でしょ』って。それをできているように勝手に目線を上げているのも自分自身だ、と。プロになって自然と自信が出てきても、『いや、まだまだ下ですよ』ということです。その立ち位置を理解していたら、見える景色は変わってくるはずだから」
常盤は見上げず見下ろさず、ただ前を向く。松橋監督はその背中をポンッと押した。あとは前進あるのみだ。可能性の塊は、こうしてプロとしての第一歩を力強く踏み出した。
(文中敬称略)
Text by 馬場康平(フリーライター)

